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2022.8.28

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出演

Pot-pourri

DJまほうつかい(西島大介)and more

トークセッション

伏見瞬、西島大介、Sawawo(Pot-pourri)

テーマ:音楽と語りの今とこれから

日程

8月28日(日)
開場16:30 / 開演17:00

※開場時、Pot-pourriのSawawoとRYO NAGAIによるセッションあり

料金

予約2,300円 / 当日2,600円

8.28 SUN17:00

5月に2ndアルバム『Diary』をHEADZ/UNKNOWNMIXよりリリースした、「アブストラクト・ポストパンク」を標榜するバンド・Pot-pourriと、
DJまほうつかい名義にて音楽活動も行い、HEADZよりソロ・ピアノ集『Last Summer』をリリースしているマンガ家・西島大介とのツーマン・ライヴ、
更に、Pot-pourriのフロントマンSawawoと西島大介、および両人と古くから交流があり、『スピッツ論』を2021年12月に上梓した批評家/ライターの伏見瞬による「音楽と語りの今とこれから」をテーマにしたトークセッションからなる、スペシャルなイベントがこの度開催されることになりました。

予約方法:
info@scool.jp にてメール予約受付。(※8月27日(土)23:59予約締切)
※件名「Characters」本文に「名前」「電話番号」「枚数」をご記入ください。複数名でご予約の場合、全ての方のお名前と電話番号をご記入ください。こちらからの返信をもってご予約完了となります(24時間以内に返信します)。定員になり次第受付を締め切らせていただきます。
※予約キャンセルの場合は、お手数おかけしますが、必ず事前にご一報ください。
※ご来場の際はマスクの着用をお願いします。また入場時に手指のアルコール消毒と非接触の検温をさせて頂きます。体調の優れない方、37.5度以上の熱がある方は来場をご遠慮ください。

お問合せ:SCOOL
メール info@scool.jp

「Pot-pourri」論=POP理論:いま再び音楽に耳を澄ますこと
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_音響派、エレクトロニカと呼ばれたジャンルの先鋭さは、熱のこもった演奏や、バンドが纏うカリスマ性、泣けるメロディやコードというような、一般的な音楽像で評価するのではなく、ただ耳を澄まして「音の響き」や「フェティッシュな音色」を聴き取る姿勢だったと思う。それは音に対する極限の純粋さ。音楽が纏う装飾や幻想を剥ぎ取って、微細な音に耳を澄ます行為。
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_時は経ち、ふと「ヴィジュアル系」という音楽ジャンルについて考える機会があった。ヴィジュアル系はロックの発展系と捉えていたけれど、調べてみるとそこに内在する音楽は多様。ロックでも、パンクでも、シューゲイザーでも、沖縄民謡でも、仮に無音でも、演奏者が「ヴィジュアル系バンドの姿」をしていれば、それらは全てヴィジュアル系になる。仮にそれが音響派、エレクトロニカだったとしても、ホストのような出で立ちでそれを演奏すれば、理論上それはヴィジュアル系。
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_そう考えると、先鋭的と信じていた「音に対する極限の純粋さ」がいかに狭いルールだったか思い知らされる。仮に絵画で例えてみよう。「モチーフや技法」「色彩や画材」「テーマや意味」を観るのではなく、「額縁がある以上はそれは絵画だ」というような極論も、ヴィジュアル系なら可能だ。無音でもフィールド・レコーディングでも、それはヴィジュアル系になる。クラシック音楽にだって、ホストみたいな髪型の指揮者は時々いる。
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_ここまで考えると、ヴィジュアル系は万能の概念だ。例えば、氷川きよしは演歌である前にヴィジュアル系だし、テクノポップの末裔としては捉えにくい平沢進は、ヴィジュアル系が鳴らすテクノサウンドと考えると腑に落ちる。いや、そもそもテクノの祖たるKraftwerkこそヴィジュアル系?_ゼロ年代から議論され続けている「セカイ系」は、そのままヴィジュアル系と言い替えられそうだし、ネット・ミームとなったNidra Assassinも、ラッパーよりヴィジュアル系と捉えるほうが馴染む。
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_ヴィジュアル系の先鋭性の好例こそ、バンド「ゴールデンボンバー」だろう。バンドなのに演奏は当てブリ、ギターソロはスイカの早食い。驚くことに、そこまで「音楽」「演奏」からはみ出してもなお、彼らの音楽はジャンルとしては「ヴィジュアル系」に収まってしまう。なんというジャンルの懐!_世界はヴィジュアル系でできている?_こうして僕は微細な音に耳を済まして音楽を聴くことをやめ、額縁の外側としてのヴィジュアル系について考え、それを実践(※)するようになってしまった。
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_ふいに届けられた、新しい世代のバンド「Pot-pourri(ポプリ)」。レーベルはHEADZ。日本国内で音響派、エレクトロニカの環境を牽引し、整えた、佐々木敦が主宰する老舗レーベルだ。Pot-pourriの2枚のアルバム『Classic』『Diary』は、一聴して「これは、ヴィジュアル系なのでは?」と感じさせるサウンド。そんな音楽が、音響派、エレクトロニカのレーベルから出たことがとても興味深かったので、以下2枚のアルバムのレビューをまとめてみた。
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_1stアルバム『Classic』(2019)。ジャケットには首を抱えた女性の後ろ姿。か細い背中は引き裂かれ、内臓のようなものが見えている。一見してエグく、病んでいて、いかにも「尖すぎたインディーズの一枚目」という佇まい。胸をエックス字に割くインディーズ時代のX『VANISHING VISION』を感じる。
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_1曲目「Cerulean」はシアトリカルで憂鬱な曲調。か細く、時にかすれ、でも透明感のある「SAWAWO」の声には、壊れそうな「刹那」を感じる。近しい声質を挙げるなら、ヴィジュアル系バンド「Plastic Tree」のヴォーカル有村竜太朗だろう。繰り返し出てくるのは「雲ひとつない青空」「きみの顔が浮かんでいる」というフレーズで、それが曲の終わりに「死んだ子が笑ってる」と結ばれる。流産や事故死を連想させる。Plastic Treeの名曲「絶望の丘」で描かれた「不思議なくらい寂しい青空」にも通じる世界観を感じる。
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_2曲目「Kankitsu」は一聴して変則的でアヴァンギャルドな曲。「刻まれた永遠の再生」という歌詞が印象的で、演奏は狂騒的に展開し、途切れるように唐突に曲が終わる。3曲目「Lempicka」は、「ボロに窶れ果てても母ですから」という言葉が鮮烈。そういえばここまで歌詞の視点は全て女性目線のように聴こえる。そう思って歌詞カードを開くと、ジャケット表にに描かれた背中の切り傷をトレスしたような形の、子宮を思わせる赤いグラフィックが連続して描かれている。「映写機」「ダゲレオタイプ」「アンドロイド」などの歌詞は、ヴィジュアル系らしさ満載だ。呪わしい弾き語りという印象だが、後ろで鳴っている「RYO NAGAI」によるプログラミングの音が独特のサウンドを生み出している。
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_4曲目「Revolver」は幻想的。視界がぼやけるような幽玄さのあるアンビエント曲で、今にもSUGIZOのギターが入ってきそう(入ってこない)。5曲目「Berceuse」のイントロはギターを爪弾く音が印象的な、呟きのような小曲。一聴してヴィジュアル系だが、よく聴くとベース、プログラムによる電子音がリズムを奏でている。6曲目「Absinthe」は古いサイケデリック・ロックのような骨太なベース、パサパサに乾いたドラムが印象的。「おれは下水道で生まれた嬰児みたいな色の酒を啜った」「おれは枯れ井戸で生まれた」「わたしは下水道で生まれた」二つの目線が交錯するが、一曲目との対比で考えると、「生まれなかった赤子」の目線かもしれない。夢野久作『ドグラ・マグラ』、あるいは黒夢『生きていた中絶児…』的な世界だ。
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_7曲目「Nocturne」も名曲。「ノクターン(夜想曲)」という曲名は、もうそれだけでヴィジュアル系。8曲目「Silkworm」。シルクにくるまって部屋に引きこもる風景が歌われている。でも、外に一歩外に出てみようかなという、開けた印象を残しアルバムは終わる。レビューを書いてみて改めて思うのは、この時点で、弾き語り、アンビエント、ポストロック、サイケ・ロック、様々な音楽性が「Pot-pourri」というヴィジュアル系的世界観に内包されていること。
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_『Classic』から3年後、曲数をさらに絞った2ndアルバム『Diary』(2022)。1曲目「Astra」は、まずベースの音がシンプルにループされ、「流れ星 落っこちた」というシンプルなフレーズが、コピぺ式にエディットで輪唱され続ける。言葉の少なさと、生ドラムが参加していないビート感、散りばめられたプログラムの音、くっきりしとた音像は、1st『Classic』からの明らかな変化だ。
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_2曲目「Comic」は「待ちどうしかった」と何かを切望する歌詞が印象的。曲名が「コミック」なので、待ち遠しいのは新刊コミックだろうか?_なんとなくアルバム・ジャケットをじっと眺めてみると図像の横に、うっすらと「マンガ原稿用紙」の目盛りが写し取られている。気になって調べてみると、1st、2ndと共通してデザイン&イラストを担当している「AKIRA ASHIMO」とは「芦藻 彬」のことだった。単行本『バベルの設計士』を刊行している漫画家だ。
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_3曲目「In Profile」は、イントロこそ洋楽のAORの曲のようだけど、ほとんど歌詞を意識しないような幻想的で独特な曲。そういえば、急に三拍子になる展開の曲が複数あった1st『Classic』に比べ、2nd『Diary』に変則的な展開は少ない。嬰児も、死も、下水道も枯れ井戸も、モチーフとしては立ち現れてこない。この曲に限っては、言葉よりも、かき鳴らされるギターに割り込んでくるプログラミングの音のほうが雄弁だ。
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_4曲目「Vertigo」は「めまい」の意味。1stに通じる弾き語り調の曲だが、プログラミングと生ギターという最もシンプルな編成。プログラミングのノイズ、エフェクトが効いている。そして5曲目「Papillon」。歌詞的には十分にヴィジュアル系的世界観だが、シンセが鳴り続け、ドラムは四つ打ち。ノイジーだが耽美、暴力的かつ儚いシンセ音は、LUNA SEAにおけるSUGIZOのギターと同じ役割を果たしている気がする。もし、ビートが四つ打ちでなくドラムンベースだったら? この曲は、SUGIZOのソロ曲「LUCIFER」になるかもしれない。
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_アルバムを締めくくる6曲目の表題曲「Diary」は、とても私的だ。アルバムの最後に配置されている共通点もあるが、印象は1stの「Silkworm」にも似ていて、「まとめ」「雑感」という趣がある。サウンド的には、ブニブニしたシンセが鳴り続け、街の雑踏のようなフィールドレコーディングのサンプル音も、そっと挟まれる。街に一歩出てみたのかな?_と想像することもできる。
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_以上、Pot-pourriの既発アルバム『Classic』『Diary』2枚をレビューしてみた。こうして続けてアルバムを再生してみると、Pot-pourriの音楽は、単にヴィジュアル系的なモチーフやメロディを感じさせる以上に、音響の実験性が特徴であることがわかる。1stと2ndを聴き比べると、よりシアトリカルでアンダーグラウンドなのは1st『Classic』で、2nd『Diary』はむしろその装飾性から遠ざかっている。1stにはドラム&ベースメンバーが複数いたが、2ndでは「SHIBASAKI」「TARO」という固定メンバーになった。しかし、ドラムレス、ベースレスの曲もくっきり強い印象を残す。
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_だとすると来るべき3枚目はどうなるのだろう?_バンドではなく、ヴォーカルとギターとプログラミングだけになるのだろうか?_それはバンドというよりは、音響派、エレクトロニカ的な編成だ。バンド編成を超えて、新しいビートを獲得し、POPに化けるのだろうか?_それともバンド・アンサンブルを再び獲得する?_理想は、その二つを併せ持つhide with Spread Beaver?_いっそ弾き語りに戻る?_わからない。でも、ヴィジュアル系ならなんだってありだ。
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_思考が3周半くらい回っている気がするけれど、結果的に僕はヴィジュアル系について考えすぎる事をやめ、再び、耳を澄まして「音に対する極限の純粋さ」に向かい合うことになった。そのきっかけは、間違いなくPot-pourriの音楽なのだ。
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西島大介
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(※)その一例が、DJまほうつかいが「X JAPANのコピーバンド」で出演した相対性理論 presents「実践III」2009年3月5日代官山UNIT。この即席バンドのベース担当こそ、後に批評家となり『スピッツ論』を刊行する伏見瞬。

<プロフィール>
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Pot-pourri

2015年、Sawawo(アコースティックギター・ヴォーカル)を中心として活動開始。
ヴォーカル、アコースティックギター、ベース、ドラム、ライヴ・エレクトロニクスという編成の変則的なアンサンブルで、日本語詞によるメロディーを聴かせる「アブストラクト・ポストパンク」を標榜する。
2019年、HEADZ/UNKNOWNMIXより1stアルバム『Classic』を、2022年には2ndアルバム『Diary』を同レーベルよりリリース。
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Pot-pourri is a band from Tokyo, Japan, led by Sawawo(vocals/guitars/songwriting).
Describing themselves as an ”abstract post-punk” act, they make music beyond the typical post-punk style.
They released their first album “Classic” in 2019, and their second album “Diary” in 2022, both from HEADZ/UNKNOWNMIX.

西島大介/DJまほうつかい


マンガ家。2004年『凹村戦争』で早川書房からデビュー。『ディエンビエンフー』『世界の終わりの魔法使い』など作品多数。近刊は『世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』(駒草出版)。現在、カンボジア内戦を描く最新作『Kommunismus(コムニスムス)』をTMSLabで連載中。DJまほうつかい名義の音楽活動も行い、HEADZよりアルバム『Last Summer』をリリース。2020年より個人電子配信レーベル「島島」を設立し、マンガ・音楽のインディペンデントな配信を行う。

伏見瞬

東京生まれ。批評家/ライター。音楽をはじめ、表現文化全般に関する執筆を行いながら、旅行誌を擬態する批評誌『LOCUST』の編集長を務める。2021年12月に初の単著となる『スピッツ論 「分裂」するポップ・ミュージック』をイーストプレスより刊行。「分裂」というキーワードを軸に、スピッツのあらゆる側面を語り切った骨太な一冊として注目を集める。