上妻世海『制作へ』刊行記念<br>上妻世海×いぬのせなか座(鈴木一平、山本浩貴)完結編

2018.12.17

上妻世海『制作へ』刊行記念
上妻世海×いぬのせなか座(鈴木一平、山本浩貴)完結編

出演

上妻世海(美術家/キュレーター)

ゲスト

鈴木一平、山本浩貴(いぬのせなか座)

日程

12月17日(月)19:30スタート

料金

2,000円

12.17 MON19:30
  • オープンはスタートの30分前になります。

2018年11月3日土曜日、恵比寿にあるNADiff a/p/a/r/tにて上妻世海『制作へ』刊行記念TALK EVENTが催された。ゲストはいぬのせなか座の山本浩貴氏、鈴木一平氏の二人。当初は山本、鈴木両者の発表の後に、僕からの応答があり、ディスカッションが行われる予定であった。しかし山本氏による「制作的空間と言語」という発表は全体の2時間と言う尺を超え、予想に反して(予想通り?)2時間半に及ぶ長大なものとなった。来場者の方々による感想や登壇者によるTweetは、以下にまとまっている。
https://twitter.com/i/moments/105903049746290278
山本氏は尺を大きく超過したことについて反省していたようだが、僕は全く気にしなくて良い、と思っている。あるいは本質的には気にすることができないはずだと思っている。おそらく、そこには愛と誘惑の、その場における魂の不安定性の問題が潜んでいるからである。
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現代社会ではほとんどの場合忘れられていることだが、哲学が「知を愛すること」という語源を持つように、知の前提には愛が必要である。知とは対象が持つ情報を羅列できるようになるといった類のものではない。それは情報のさらに先へと深く入りこみ、「共に生きること」という契機を必要とするものである。そして僕にはこのテキストを読んでいる読者が「愛」という単語からどのようなイメージを想起するかを知るすべはないが、愛は全くもって平穏ではない。愛は危険な香りに満ちている。そしてそれは不安を駆り立てる。それは死を、少なくとも自我の死を意味するからだ。
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『制作へ』の中にも愛というテーマが、もっと詳細にいうなら、愛と誘惑というテーマが、部屋を構成するささやかな家具のようにそっと配置されている。それは、ベッドやテーブルのように中心に位置しているものではない。しかし、それに気が付いてしまった人にとって、危険なものとなるだろう。なぜなら、本書でも書いているように、愛と誘惑は明示的に区別できないからである。007でジェームズ・ボンドを誘惑する女スパイは、最終的にボンドを愛してしまい、組織からボンドを守ることによって殺される。誘惑していたつもりが、愛してしまうこと。それは自らの命を差し出すことを意味している。魂の不安定さ、主従の入れ替わり、エロティズム、その統御と本質がそこにはある。狩猟民は獲物を誘惑する。狩人は、獲物が見たい自己イメージを模倣によって見せることで、彼らの自己愛をくすぐる。そして隙を見て、首を掻っ切る。「私は私である」という自己同一性の原理を維持したままでは誘惑はできない。あるいは「私はエルクである」という他者への同一化に陥ることは死を意味する。狩猟民は森に入る時、脱人間化するために、つまり自我を捨て去るために、いくつかの儀礼を通過する。ヒトの匂いを落とし、森でヒトの言葉を話さない。それは「私はエルクでなく、エルクでなくもない」という場所へと〈降りる〉ためにある。そこから全ては始まる。自我の小さな死から、自我と他者へと引き裂かれ、その〈あいだ〉の場所で、不安定な魂を統御すること。
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さて、前置きが長くなってしまったが、山本氏が2時間半話し続けたことは、筆者にとってなににも変えられない喜びであった。彼が自我から〈降り〉、制作的空間のただ中で知に迫ったことを意味するからだ。そして、それは上述したように本来的なことなのである。さらに言えば、愛を前提とした知恵でなければ感染は生じ得ない。静態的情報による感染があるとすれば、権威か、はたまたなにか不純な媒介物によって伝えられたものであろう。僕は彼の発表に魅せられた。そしてなにより、このイベント、上妻世海×いぬのせなか座(鈴木一平、山本浩貴)完結編は、参加者として来場してくださっていた佐々木敦氏への山本氏からの感染によって成立したものである。情、イマージュ、視点は飛び交う。それらは一つの場所に留まることができない。それは一つの可能性である。自我を降りることから始めてみようじゃないか。僕はもう一度、賽を振る勇気を得る。
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追記:
本イベントは上述のようにNADiff a/p/a/r/tにて行われた上妻世海『制作へ』刊行記念TALK EVENTの続編である。しかしながら、本イベントでの山本氏による発表(「制作的空間と言語」)はテキストとしてイベントまでにウェブ上で発表される予定なので、前回来られなかった方もテキストを読んで来ることで十二分に楽しめるはずだ。そして、本イベントでは、続編であることが意味しているように、当初の予定通り、鈴木一平氏による発表「上妻制作論をもとに近代詩史を組み替える」から始め、上妻による応答、そしてディスカッションという風に進行していく予定である。とはいえ、予定は予定である。愛が予定通り進むことはない。
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更なる追記:
書き終えたエッセイを山本、鈴木両氏に見せたところ、すぐに鈴木氏から「上妻制作論をもとに近代詩史を組み替える」は前回配布してしまったので、別のテーマで発表したいとの連絡があった。鈴木氏曰く、前回の配布資料は発表前提でのものなのでネット上に公開するか否かは要検討とのことだが、もちろん本イベントから参加する人も問題なく楽しめるだろう。すでに一つの論点を出しているにも関わらず、この過剰さ。これこそが上述した魂の不安定性である。すでに僕は非常に興奮させられている。
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(文責 上妻世海)

予約方法:
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※件名「上妻世海×いぬのせなか座」本文に「名前」「電話番号」「枚数」をご記入ください。こちらからの返信をもってご予約完了となります(24時間以内に返信します)。定員になり次第受付を締め切らせていただきます。
※予約キャンセルの場合は、お手数おかけしますが、 必ず事前にご一報ください。

お問合せ:SCOOL
メール info@scool.jp

上妻世海(こうづま せかい)

1989年生まれ。おもなキュレーションに「Malformed Objects — 無数の異なる身体のためのブリコラージュ」(山本現代)、「時間の形式、その制作と方法 ─ 田中功起作品とテキストから考える」(青山目黒)。著作に『脱近代宣言』(水声社、落合陽一・清水高志との共著)。

鈴木一平(すずき いっぺい)

詩人。1991年宮城県生まれ。「いぬのせなか座」「Aa」参加。詩集に『灰と家』(いぬのせなか座、2016、第35回現代詩花椿賞最終候補)。第6回エルスール財団新人賞[現代詩部門]受賞。Twitter: @ana_ta_des

山本浩貴(やまもと ひろき)

1992年生まれ。言語表現を軸とするグループ「いぬのせなか座」主宰。同メンバーのhとともに、デザインや編集、パフォーマンスの制作を行うほか、雑誌等へ批評や創作を寄稿。主なテクストに「新たな距離 大江健三郎における制作と思考」(『いぬのせなか座』1号、いぬのせなか座、2015年)、「句(集)によりオブジェ化された時空らが上演する制作のデモクラシー 〈空〉の鳴らす歪なリズムの地平を方方に立たせていく」(『図書新聞』2017年12月2日付)など。主なデザインに「現代詩アンソロジー「認識の積み木」」(『美術手帖』2018年3月号)、加藤治郎『Confusion』(書肆侃侃房、2018年)など。西野嘉章『村上善男――玄々とした精神の深みに』の装釘・造本(著者の西野氏と共同デザイン)で第52回造本装幀コンクール 経済産業大臣賞 受賞。Twitter: @hiroki_yamamoto