2017.7.21金
どちらがさきに口火をきったのか、もうわからない。vol.4
吉田アミ、か、大谷能生
出演
吉田アミ、か、大谷能生
スペシャルゲスト
山本精一
日程
7月21日(金)20:00開演
料金
予約2,000円 当日2,500円(+1DrinkOrder)
_胸と息と喉と声帯を使用しながら、その機能を言葉を伝えることとはまったく異なった状態に育て上げてきた即興演奏者が、その回路を通して、あるいは放棄して、「言葉」を読む。同時に読まれるひとつの言葉は、男性の声と女性の声のあいだで宙に釣られ、書き言葉がもともと持っていた「語り手の不 明」さを明らかにしながら、ひとつのものが同時に複数である経験をわたしたちに示してくれるでしょう。
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_「吉田アミ、か、大谷能生」というユニット名で動きはじめてから多分そろそろ3年目に入ると思うのですが、二人で継続的にテキストをステージに載せる演奏をしはじめたのは2010年のことで、数えるともう7年あまり、こうした試みを続けていることになります。はじめのころは即興演奏の延長として、 吉田はヴォイス、大谷はサックスという、それぞれ「息」に関わった楽器のインプロヴァイザ―であるので、その同じ回路上に、演奏のなかで「言葉」を 走らせてみるとどうなるのか? といった興味が大きかったのですが、さまざまな実験を経て、今年からは、ひたすら「書き言葉」独自の領域に寄り添い、 これまで現代の文学が切り開いてきた多様な時間・話者・視点の問題などなどを、出来るだけそのままのかたちでライブの現場に持ち込んで経験してみる ことを目的に、今回で4回目の取り組みとなります。ゲストは山本精一さんを迎え、「歌を朗読する」。さてどうなることか。乞うご期待!
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★これまでの「吉田アミ、か、大谷能生」動画の再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLbrEKZMgjSMqZ8qX-7JjI1ME_rBCYipCR
予約方法:
SCOOL(info@scool.jp)にてメール予約受付。
※件名「口火vol4」本文に「名前」「電話番号」「枚数」をご記入ください。こちらからの返信をもってご予約完了となります(24時間以内に返信します)。定員になり次第受付を締め切らせていただきます。
※予約キャンセルの場合は、お手数おかけしますが、 必ず事前にご一報ください。
お問合せ:SCOOL
メール info@scool.jp
「どちらがさきに口火をきったのか、もうわからない。vol.3」記録写真
撮影:前澤秀登
スペシャルゲスト:山本精一
1986年から2001年まで「BOREDOMS」に参加。以後、「ROVO」「羅針盤」「想い出波止場」「PARA」「MOST」「TEEM」「Ya-to-i」「NOVO-TONO」「CHAOS JOCKEY」他多数のバンド/ユニットやソロワーク、内外の音楽家とのセッション等で、プレイヤー/ソングライター/コンポーザー/プロデューサーとして、様々なジャンル/フィールドにおいてワールドワイドに活動を展開する。また、湯浅政明監督アニメーション『マインド・ゲーム』、三池崇史監督の「殺し屋1」、矢口史靖監督の「アドレナリンドライヴ」などの音楽も手がける。エッセイストとしても様々な媒体に寄稿し、1999年には随想妄想小説シリーズ「ギンガ」2009年に「ゆん」2014年に「イマユラ」を出版。また画家、写真家としての活動も行っており、個展や主に自作のアートワークにおいて定期的に作品を発表。音楽家としての代表作として「Crown Of Fuzzy Groove」(ソロ作)「SOUL DISCHARGE 99」(BOREDOMS)、「ソングライン」(羅針盤)「水中JOE」(想い出波止場)「FLAGE」(ROVO)「幸福のすみか」(山本精一&PHEW)「X-GAME」(PARA)、「MOST 」(MOST) 、「ラプソディア」 (歌物ソロ)等 がある。
吉田アミ、か、大谷能生
演奏家としてステージに立ち、また同時に、小説/批評/エッセイの書き手として文学に関わる吉田アミと大谷能生は、2010年から朗読=演奏のユニット<朗読DUO>として、多数のステージでパフォーマンスを行ってきました。
彼女/彼は、1990年代後半から試みられてきた、音と音楽、演奏することと聴き取ること、個人とアンサンブルの関係などを厳しく問い直す、あたらしい即興演奏の実践/批評に関わるところから、それぞれの活動をはじめました。
ここではその詳細に踏み込むことをしませんが、およそ十年は続いたこの実験的ムーブメントは多くの成果を生み、そのシーンを通過したミュージシャンたちは現在、自身の資質に当時の経験を改めて反映させながら、さまざまなかたちで演奏を継続させています。
彼女/彼は、自ら生み出し、展開させたこのようなエクストリームな即興演奏の方法と倫理を、言葉と声の分野においても実践できないだろうかと考えました。
書き言葉を舞台上で引き裂き、揺らめかせようとする試み――近代小説の前提である「黙読」というシステムで書かれた紙の上の言葉を、90年代後半から試みられてきた、ハードコアに個人主義的な日本のあたらしい即興演奏に接続することによって、まったくあたらしく響かせることは出来ないだろうか? このような無謀とも言えるアイディアから、吉田アミと大谷能生の<朗読DUO>は、はじめられました。
吉田アミの<ハウリング・ヴォイス>は、そもそも声の言語的使用・意味の伝達をまったく排除するところから形作られたものであり、大谷の楽器であるサックスは通常発話と同時に演奏されることはありません。胸と息と喉と声帯を使用しながら、その機能を言葉を伝えることとはまったく異なった状態に育て上げてきた即興演奏者が、その回路を通して、あるいは放棄して、ひとつの言葉を同時に読む。その言葉は、男性の声と女性の声のあいだで宙に釣られ、書き言葉がもともと持っていた「語り手の不明」さを明らかに示しながら、ひとつのものが同時に複数である経験をわたしたちに示してくれるでしょう。
これまで清澄白河Snac、浅草橋パラボリカ・ビス、アサヒ・アートスクエア、西麻布スーパーデラックスなどで試みられてきた彼女/彼らのステージは、現代文学/音楽の極端なオルタナティヴとして高く評価されてきました。2015年に「吉田アミ、か、大谷能生」名義で発表した舞台作品、『デジタル・ディスレクシア』から一年の充電期間を経て、2017年、毎回さまざまなゲストをお呼びしながら、およそ隔月のペースで、ライブを企画してゆく予定です。われわれのステージにご期待ください。
・twitter https://twitter.com/amiyoshio
吉田アミ
音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、Utah KawasakiとのユニットastrotwinとSachiko.MとのユニットcosmosのCD「astrotwin+cosmos」がアルスエレクトロニカデジタル・ミュージック部門のグランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、小説やレビュー・論考を発表。著書に「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。
・ブログサイト http://amiyoshida.hatenablog.com/
・Twitter https://twitter.com/amiyoshida
大谷能生
1972年生まれ。音楽(サックス・エレクトロニクス・作編曲・トラックメイキング)/批評(ジャズ史・20世紀音楽史・音楽理論)。96年〜02年まで音楽批評誌「Espresso」を編集・執筆。菊地成孔との共著『憂鬱と官能を教えた学校』や、単著『貧しい音楽』『散文世界の散漫な散策 二〇世紀の批評を読む』『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』など著作多数。音楽家としてはsim、mas、JazzDommunisters、呑むズ、蓮沼執太フィルなど多くのグループやセッションに参加。ソロ・アルバム『「河岸忘日抄」より』、『舞台のための音楽2』をHEADZから、『Jazz Abstractions』をBlackSmokerからリリース。映画『乱暴と待機』の音楽および「相対性理論と大谷能生」名義で主題歌を担当。チェルフィッチュ、東京デスロック、中野茂樹+フランケンズ、岩渕貞太、鈴木ユキオ、大橋可也&ダンサーズ、室伏鴻、イデビアン・クルーなど、これまで50本以上の舞台作品に参加している。また、吉田アミとの「吉田アミ、か、大谷能生」では、朗読/音楽/文学の越境実験を継続的に展開中。山縣太一作・演出・振付作品『海底で履く靴には紐がない』(2015)、『ドッグマンノーライフ』(2016/第61回岸田戯曲賞最終選考候補)では主演を務める。最新作は『JazzAlternative』(2016/Blacksmoker)。
・webサイト http://www.ootany.com/